すってんころりん(禁・受験生)

1月2日のお話。

我が家ではこの日、スケート場へ行くことが多い。
もちろん初滑り。
(そしてそのまま滑り納め)

いつもは、子ども達とパパだけがスケート靴を履くのだが
昨年、子ども達が楽しそうに滑っているのを見て
私もちょびっとやってみたいな、と思った。

スケートは19,20歳あたりの時に
二度ほどトライしてみたことがある。
運動神経が下向きに底なしな私なので
当然、滑るどころか、手摺りがないと生きていけず、
もちろん一周どころか半周どころか、えーと
入り口出口の一番短い区間(ああ書いてる意味わかんないだろな)を
クリアできたか戻ったんだか
記憶にないくらいのていたらくで
もちろん、あんなの「スケート経験」と言うこともできない。

そんな私が、出来心で「すべりたい」と思ってしまった。
いかん。

でも、頑張ってみたのだ。
ロッカールームで子ども達に
「こんな風に靴を履くんやで」と指導を受け、

うわ、歩きにくい。
歩くたび痛い。
人魚姫もこんな感じだったんだろーか
などと、相変わらずしょーもない事を考えながらリンクへ。

パパがずっと左手を支えてくれて、
それで機嫌よく氷上を滑り、いや歩くことができた。
3周くらいできたんじゃないかな。

その頃、上二人はもちろん、くるりるがひょこひょこと
自分一人で歩いていた。
子どもの上達は早い。

でも、あの運動神経下向きに底なしな私が
手を持ってもらいながらでも、こうして氷上に立てている、
それだけで奇跡だと、かなり個人的に圧倒的に
感動の渦に巻き込まれた私は、
こともあろうかもっとステップアップをはかろうと決心した。

パパも、子ども達もみんなリンクから離れて休憩している時に
たった一人で滑り始めた。
最初は、それでも手摺りのそばだったので
ほとんど100%安心だった。

それが、途中から、手摺り利用者でこみあっている場所になり、
そういうところはワープして、手摺りから離れるようになった。
それでも、何ということもなく楽しく歩いていけたのだ。

ところが。
足がつっかえた。
氷がずいぶん荒れてきていたので
けっつまづいたのだ。

え、え、あ、あ、
心で言っている間に、気が付いたら後ろに転けていた。
それがまあ、スケートの転び方とか知らないもんで
とにかく夢中で知らない間に転けたもので
痛いのなんの、尾てい骨を中心にぐわぁぁ~んと
しびれるように痛みが走った。

絶対、骨がどうかしてる、と思ったね。
明日の一族郎党宴会の準備なんてできないと。
あああああ。

しかし、困ったのは実はその直後だ。
ショックに近い状態で痛いのに、自力で起きあがらなければならない。
絶対リンクにいないはずの家族を呼んでみた。
「パパ~」
こういうの、余計恥ずかしいのよね。
痛みとショックと恥ずかしさで、早く起きあがろうとするんだけれど
どうしても、絶対に起きあがれない訳だ。

いやーん。
ほんと恥ずかしい。

恥ずかしさで真っ赤になりながら(しかもかなり痛いし)
尻もち状態で、ずるずる手摺りの方まで這っていく。
ここまできてやっと近くの方が
「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。

「ええと、はい、だいじょうぶです、ひぃひぃ」
という感じで返事をたぶんしたと思う。
手摺りのところまで来て、少し助けてもらって
なんとか出口まで伝っていくと笑顔のパパ。
何も知らないで手を振っている。
嬉しそうに。

あの後、トラウマになっちゃいけないと思って
パパと一周してみた。
ちゃんといけたけれど、やっぱり転んだ後の起きる方法が
わからなかった。

くるりるを見ていると、どてんと転けても
そのままフツーにすくっと起きあがって
てけてけ歩き始めるのだ。
なんでフツーに起きあがれるんだろう。
不思議!

尾てい骨は、外傷もなく(赤くも青くもなってない)
たぶん外科的には大丈夫のようだ。
でも、今でもいたい。
滑った時と同じ状態になると叫び声を上げるくらい痛い。

もう滑りたいと思わないだろうな。
でも、今までの若い頃の自分よりも
「やってみる勇気」がいっぱい出せていたことに気づいて
いい経験だったな、と思った。

昔の自分だったらば
スケートリンクに立とうという勇気さえ
持てなかったところだ。
なんかちょっとづつ、自分に自信を持ち始めてるみたい。
嬉しいな。
痛いけど。

ほんと痛いのよ。
[PR]
by okaeri110 | 2006-01-08 23:54 | 日々の暮らし | Comments(0)

今はとにかく、猪突猛進、決して後ろを振り向きませんのだ


by okaeri110
プロフィールを見る
画像一覧