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まみは何故まみという名なのか

図書館で「にゃんこ天国」という様々な作家が書かれた猫についてのエッセイをまとめたアンソロジーを借りてきた。
これまで猫くくりで本を読み漁ったことがないので、こんなに多くの著名人が猫にくびったけだとは知らなかった。

恥ずかしながら内田百閒の猫に対する偏愛にもまったく無知であったため、この中に収められてた「クルや」をうっかり読んでしまい、それから1カ月以上経つというのに未だにクルと戻ってこないノラを思って胸がしめつけられる思いである。

内田百閒はいなくなってしまったノラのことを書いた「ノラや」というのが有名だそうで、ただただノラを思って号泣している本らしく、とても恐ろしくて読めそうにないと思った。悲しすぎる。
「にゃんこ天国」には「猫の耳の秋風」という本からの抜粋で文章が掲載されている。
しかし、これも(ノラや)というかっこ書きがあったので、もしかしたら「ノラや」に書かれている文章の一部なのかもしれない。

クルや。クルや。お前か。猫か。猫だね。猫だろう。間違いないね。猫ではないか。
違うか。狸か。むじなか。まみか。あなぐまか。そんな顔して・・・

冒頭の文章である。
なんとも猫への愛情が感じられるはじまりであるのだが、私は一つのことに注意が向けられた。
「まみか。」
ん?まみ?
唐突に出てきた「まみ」という単語が引っかかる。
まみの前後には、むじな、あなぐまという言葉が並列されている。

もしや・・・
こうなると条件反射のごとくスマホ握っちゃう現代人の悲しさよ。
グーグルさまは早速、「まみ」というのはむじな、狸、あなぐまの類らしきことを伝えてくれた。

そうだったのか。
狸やらあなぐまのことを、まみって言うんだ。


ってことは、もしや。
まみの先代の里親は年配の方だったと聞く。
年配の方だったら子猫時代のまみを見て「まみ(狸)みたいな子だ」と思ったかもしれない。
子猫時代のまみを見たことはないが、現在の姿から想像するに、子猫の時は今より黒っぽい可能性もあるので狸っぽく見えたかもしれない。
今でもまみのしっぽは短毛種なのに見事なふさふさ具合で、わ~たぬきのしっぽ!なんて言っているくらいで。

そうすると・・・先代の里親さまは「狸みたい、まみみたい、名前はまみにしよう」と決められたのでは?
という名付け案が浮上したのであった。

別に「まみ」という名前の猫は他にもいるようだし、人間の名前をつけるなんて特段珍しくもないから、まみはどうしてまみという名前なのだろうと考えたことはなかった。
保護猫活動をされている方はとりあえずの名前を付けられるが、あくまで仮の名前であるから、それほど難しく考えて付けておられないように見受けられる。
仮の名前が里親さんのおうちに行かれて、改名されることもあるし、仮の名前が気に入られてそのままの場合もある。
我が家もまみ、テイラーともに変更せずである。
それぞれの名前を気に入ったということであるし、保護猫カフェに2年近くいた猫なので、多くの方がその名前に愛着をもって可愛がってくださったことも考えると、わざわざ新しい名前を付ける気はさらさらなかった。

しかし、まみという名前が以前の里親の方が名付けたとしたら、内田百閒の言われるようにむじなか狸か、という理由だったのかもしれないと思うと、なんだか面白くて、そしてかわいらしくて、(狸はどこかどんくさいのだ)まみちゃんにぴったりだと思ったりもする。

そもそもお前は猫である。膝の上なる猫はお前か。お前が猫でクルでお前で、まみでむじなで狸ではなかったか。

まみは何故まみという名なのか_e0053528_00541711.jpg
まみは猫だよね。
ふわふわの毛並みの最高に素敵なしっぽをお持ちの、気高い系の猫だよね。
それが証拠にちゃんと家来とともに我が家にお輿入れ召されたのだから。

ん?家来って

僕のこと?

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by okaeri110 | 2020-09-06 00:59 | | Comments(0)

今はとにかく、猪突猛進、決して後ろを振り向きませんのだ


by okaeri110