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スポーツ実況アナの役割

刈屋さんインタビュー

もう連載も残すところあと1つ。

読みながら、アテネ男子体操の感動が、体中の汗腺からじわじわあふれてきて
文字通り何度もぞくぞくしてしまった。

ここまで、ここまで状況を読むのだ。
ここまで予想するのだ。
アナウンサーという仕事は。
もちろんそこに至る勉強は、きっちりしてるんだなあ。

だからこその言葉の使い方が生まれるのだな。
「栄光への架け橋」も「キスをした」も。

私はNHKが嫌いだけれども、いろんな意味で民放各局と比べて
かなりまともな番組を制作していることが多いので、受信料を払っている。
お金払ってでも見る価値がある番組を放映しているから。

不正とか、えらそーとか、いろいろ言いたいこともあるけれど
それは置いといて、やはりNHKはいいものを世に出している。
その一つがアナウンサーの質。

野球中継は、NHK以外を聞くのはイヤ。ほんとは。
アマチュアの競技になればなるほどますますイヤ。
何故か。

「こいつ、知識も情報も持ってないからいろいろ決めつけてしゃべってるな」
というのが丸わかりだからだ。

自分の中に引き出しがないから、
たとえばセ・リーグの勉強しかしていないアナが
交流戦でパ・リーグとの試合を中継する場合、
選手達のこともチーム独自の戦略のことも
通り一遍のことしか(あるいはそれすらも)わかっていない、ということが
見ている我々には見えているのである。

引き出しのないアナウンサーは
自分に持っている数少ない情報や知識だけで話すから
実況も平面的でつまんないし
目の前の注目すべきプレイでさえ見落としてしまうのである。

解説者はそれに輪をかけて引き出しのない人が多いので
見ているこちらは、ついつい音量を抑えたりするのである。

視聴者が求めていることを言わなくちゃいけないから
多数派偏向の表現をするのは容認する。
たとえば巨人-オリックス戦なら
巨人を擁護する言葉が多いのは致し方ない。

しかし、視聴者は試合をもきっちり見たいわけで
巨人側のプレイについてのみ言及していては片手落ちなのである。
オリックス側のプレイの意味について、きちんと理由や因果を説明できる、
そういう仕事をできる、できないでTV中継の厚み、面白みが変わってくる。

私が少数派のファンだからイライラするのもあるだろう。
しかしたとえば、体操で男子団体総合を刈屋さんが中継し、
男子種目別では民放アナが中継を担当していたアテネでは
種目別の放送は聞くに堪えなかった。
もちろん私は100%日本人を応援していて、多数派ファンであったけれど
あのような中継をされては、いち体操ファンとしてやりきれない。

そんな思いを何度も重ねた上で、刈屋さんのインタビューを読むと
涙すら出てくるんだよ。



トリノ。
フィギュアについては、トリノの1年ほど前からほとんど見ていなかったので
トリノの刈屋さんの中継を聞いて、見て、
これまでのいろんな経緯を知ることができた。

インタビュー聞き手の永田さんが言われる通り
刈屋さんが中継の中でこれまでの経緯を説明されて、
それで聞いている私たちが、まるでずっと長年見守っていたかのごとく
この本番を見つめているのだ、という実感があった。
(永田さんがそれを言ったのはアテネ男子体操についてだが)


なるほど。
刈屋さんにはめられてるよ(笑)
こんなはめられ方なら、いつでもして欲しい。

「選ばれる」
その表現があまりにもぴったりで
なるほど、なるほど、これはずーっとフィギュアを見つめてこられた
刈屋さんだからこそ見つけられた、そして使うことのできる言葉なんだと
インタビューを読みながら、何度も何度もうなづいた。
そしてまた涙が。←あほっす


マリリンのこと、井上さんのこと
もう私がつべこべ書かずとも、読んでくれ、ですな。


プロはここまでやってこそプロなんだと。
民放はバラエティばかり作ってないで、
サラリーマンじゃなくて、芸人じゃなくて
プロのアナを育ててください。

日本全国のTV局すべてが有料になったとしたら
私は民放局のどれだけと契約するだろう。
by okaeri110 | 2006-06-30 10:06 | スポーツウォッチング | Comments(0)

今はとにかく、猪突猛進、決して後ろを振り向きませんのだ


by okaeri110
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